人間は進化の結果、人生の約3分の1を無意識のまま横になって過ごすようになりました。その時間に何が起きているのかは、長い間謎でした。しかし現代の神経科学は、睡眠が単なる「休息」ではなく、脳が記憶を整理し、身体を修復し、感情を処理する能動的なプロセスであることを明らかにしています。
映画『別れる決心』(2022年、パク・チャヌク監督)の刑事ヘジュンは、慢性的な不眠症を抱えています。眠れない夜、山の街と海の街を往復しながら、彼の記憶と現実の境界は少しずつ溶けていきます。睡眠科学の視点からこの映画を見ると、彼が失っているものの正体が見えてきます。
睡眠を研究する際に用いられるのが脳波計(EEG)です。脳内の電気的活動を記録すると、覚醒状態から深い眠りまで、脳波のパターンが段階的に変化することがわかります。以下の4つの波形が、睡眠の「地図」を作っています。
これらの段階は一直線に進むのではなく、一晩のうちに繰り返されます。健康な睡眠では、深いノンレム睡眠とレム睡眠が約90分周期で交互に現れます。
睡眠は食料・水・住居と並んで生存に不可欠なものです。一晩眠れないと疲労と苛立ちが生じ、二晩続くと記憶の定着が阻害されます。三晩続くと意識が混濁し始めます。睡眠を二週間取らなければ死に至るという研究もあります。
慢性的な不眠は、記憶の歪みをもたらします。睡眠中に行われるはずだった「感情の整理」と「記憶の再構成」が滞るため、覚醒時の記憶と感情の判断が不正確になります。
映画を睡眠科学の観点から読み直すと、ヘジュンの不眠は単なるキャラクター設定ではなく、映画の認識論的な核であることがわかります。
彼の記憶は睡眠によって整理されていません。ソレへの感情も、睡眠中に行われるはずだった「感情の再処理」を経ていません。そのため、彼は同じ映像・同じ感情を覚醒したまま反芻し続けます。これはレム睡眠が担うはずの機能を、覚醒状態で代償しようとする状態に近いといえます。
豆知識として知られているように、レム睡眠がないとすぐに意識が混濁します。ヘジュンが山の街と海の街を往復するうちに、現実と夢、過去と現在の境界が溶けていくのは——睡眠科学的に見れば、必然の結末かもしれません。





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